2008年07月14日
沖縄の魅力
沖縄滞在中は,ほとんど海に行っています。
一日のうち5時間ぐらい海中にいます。
当然,魚の写真が多いのですが,たまには,陸上も
ゆっくり見て回ります。
一週間以上滞在していると,すっかり島の時間にとけ込みます。
スローテンポな,のどかな時間の流れ…。
福岡に戻ってくると,そこは既に時間の流れが乱雑で,
ハイテンポです。明らかに違いがあります。ついていけません。
一人だけ,気持ちは沖縄タイム。
運転していても,40キロで走る車なんてどこにもいません。
みんな70キロ以上です。すごいです。
命も駆け足で短くなりそうです。
そんな福岡に疲れてしまいました。




沖縄の魅力の源は何か。最近,よく考えることが多くなりました。
だけど,簡単なようで,なかなかわかりません。
何に,ひかれるのか…。自分の心に同調するものは,なんなのか。
8月初めに,いよいよ沖縄島に引っ越します。
外から見た沖縄の魅力が移住後,どう変化し,また違う発見があるのか。
住んでみないとわからないことがたくさんあると思います。




人々のおおらかさ。空の青さ。低く流れる白い雲。まぶしい緑。
生きものも,どこか,おおらかで素直。
島には,歴史,米軍基地,いろいろな問題がありますが,
それらをひっくるめて,直視してみようと思います。



一日のうち5時間ぐらい海中にいます。
当然,魚の写真が多いのですが,たまには,陸上も
ゆっくり見て回ります。
一週間以上滞在していると,すっかり島の時間にとけ込みます。
スローテンポな,のどかな時間の流れ…。
福岡に戻ってくると,そこは既に時間の流れが乱雑で,
ハイテンポです。明らかに違いがあります。ついていけません。
一人だけ,気持ちは沖縄タイム。
運転していても,40キロで走る車なんてどこにもいません。
みんな70キロ以上です。すごいです。
命も駆け足で短くなりそうです。
そんな福岡に疲れてしまいました。

沖縄の魅力の源は何か。最近,よく考えることが多くなりました。
だけど,簡単なようで,なかなかわかりません。
何に,ひかれるのか…。自分の心に同調するものは,なんなのか。
8月初めに,いよいよ沖縄島に引っ越します。
外から見た沖縄の魅力が移住後,どう変化し,また違う発見があるのか。
住んでみないとわからないことがたくさんあると思います。

人々のおおらかさ。空の青さ。低く流れる白い雲。まぶしい緑。
生きものも,どこか,おおらかで素直。
島には,歴史,米軍基地,いろいろな問題がありますが,
それらをひっくるめて,直視してみようと思います。


2008年06月08日
米須の海
前回,「平和の道」という道路が沖縄本島南部の沿岸に沿って
作られる計画があると書きました。
私は5月18日から26日にかけて,この辺りの海中の様子を
見てきました。とても,多くの生きものが元気に暮らしています。
まずは,南部の沿岸の海の生きものの姿を見てもらいたいと
思います。本島南部は,国の定めた戦史公園となっているため
開発をまのがれてきた地域です。
この南部の海は,沖縄本島でも自然が残っている貴重な海域です。
サンゴも,他の地域に比較し,とても良い状態です。












開発か自然保護か。人間社会の経済の立場から考えると「開発」が
優先されるでしょう。しかしながら,身近に生きる人間以外の生命に
目を向けてみてください。彼らだって生きる権利を持っています。
ただ,ものを言えないから人間に対してやめてくださいとは言えません。
彼らは,ただ淡々と生きているだけで人間の営みなど知るよしも
ないでしょう。
だからといって,他の生きものの営みを侵害してもいいとは言えない
でしょう。地球上の自然環境をどう扱うかは,我々人間の手に授けられて
います。共存の方向を模索すべきです。
地球は,温暖化の方向へ取り返しの付かないポイントまで来ていると
いいます。他の生きものが死滅するような環境になれば,次は人間の番
です。
沖縄本島は開発しつくしてしまうのでしょうか。
沖縄は,東洋のガラパゴスと言われています。
しかし,既にそうではないかもしれません。
現在のガラパゴス島は,島内人間の増加により自然が破壊され,瀕死の
状態だとメディアが報じています。
世界遺産の登録から外されようとしています。
沖縄が,ガラパゴスと同様な道を歩めば,沖縄島の魅力は
いったいどこにあるのでしょうか。
作られる計画があると書きました。
私は5月18日から26日にかけて,この辺りの海中の様子を
見てきました。とても,多くの生きものが元気に暮らしています。
まずは,南部の沿岸の海の生きものの姿を見てもらいたいと
思います。本島南部は,国の定めた戦史公園となっているため
開発をまのがれてきた地域です。
この南部の海は,沖縄本島でも自然が残っている貴重な海域です。
サンゴも,他の地域に比較し,とても良い状態です。








開発か自然保護か。人間社会の経済の立場から考えると「開発」が
優先されるでしょう。しかしながら,身近に生きる人間以外の生命に
目を向けてみてください。彼らだって生きる権利を持っています。
ただ,ものを言えないから人間に対してやめてくださいとは言えません。
彼らは,ただ淡々と生きているだけで人間の営みなど知るよしも
ないでしょう。
だからといって,他の生きものの営みを侵害してもいいとは言えない
でしょう。地球上の自然環境をどう扱うかは,我々人間の手に授けられて
います。共存の方向を模索すべきです。
地球は,温暖化の方向へ取り返しの付かないポイントまで来ていると
いいます。他の生きものが死滅するような環境になれば,次は人間の番
です。
沖縄本島は開発しつくしてしまうのでしょうか。
沖縄は,東洋のガラパゴスと言われています。
しかし,既にそうではないかもしれません。
現在のガラパゴス島は,島内人間の増加により自然が破壊され,瀕死の
状態だとメディアが報じています。
世界遺産の登録から外されようとしています。
沖縄が,ガラパゴスと同様な道を歩めば,沖縄島の魅力は
いったいどこにあるのでしょうか。
2008年05月03日
沖縄に引っ越します。
大変ご無沙汰しています。
3月いっぱいで職場をハッピーリタイヤし,沖縄に引っ越す準備をしています。
居住地は南部の知念です。梅雨明けして引っ越す予定です。
ここ一ヶ月,沖縄と福岡を往復する暮らしが続いています。
落ち着いたら,いっぱい投稿します。
いつも,見てくださるみなさん,ありがとうございます。
もう少しお待ちください。感謝しています。
3月いっぱいで職場をハッピーリタイヤし,沖縄に引っ越す準備をしています。
居住地は南部の知念です。梅雨明けして引っ越す予定です。
ここ一ヶ月,沖縄と福岡を往復する暮らしが続いています。
落ち着いたら,いっぱい投稿します。
いつも,見てくださるみなさん,ありがとうございます。
もう少しお待ちください。感謝しています。
2008年02月07日
辺野古の生き物
今回はどうしても以前から書きたかったことを書こうと思います。
それは,「自然保護」についてです。
「自然保護」だけでは抽象的すぎますね。
具体的には,沖縄本島の「辺野古」の米軍基地建設に伴う埋め立て,
ヤンバルの米軍ヘリパッド建設,本島各地域の干潟の埋め立てについてです。
これらの背景はとても複雑で,また政治的なことや,それぞれ各人の生活に
直接関わってくることがあると思います。
「賛成」と「反対」の対局的な問いに対する答えは自分の中で,まだ結論が
出ていません。
しかしながら,私は,海の生き物や干潟の生き物,昆虫や動物との関係に
まるで兄弟のような気持ちを感じるのです。このことだけは,どうしても
曲げることのできない本質です。
今回,掲載する写真は,昨年の11月に「辺野古」沖の海中と辺野古の干潟
で撮影したものです。当日は海上が悪天候で時化ていて約40分の素潜りしか
できませんでしたが,ウミヘビなどの生き物に出逢うことができました。
「辺野古」の海は豊かな海草がゆらめく美しい海です。
おそらくジュゴンも豊富な海草を目当てに生息しているのでしょうか。
この海を無くして,どうして私たちがほんとうの豊さを獲得できるのでしょうか。



最初の写真は沖のリーフ付近で撮影した海中の様子です。
手ぶれをしていますが,たくさんの魚が生息していることがわかると思います。
外洋の潮が常時流れているため,イノー(リーフの内側の浅い海のこと)の
中で見られる生き物とは多少種類が違うようです。
また,透明度はとても良い状態です。



次の写真は,ウミヘビです。彼らは,空気を吸うために時々海面に浮上します。
空気を補給すると再び海底に戻り蛇行しながら,岩などの下などの獲物を
もとめて移動していきます。
目の前を通過していくので,少し不気味ですが,何もしません。
おとなしい生き物です。
潮に流され続けた海上を離れ,潮の引いた干潟を歩いてみました。
干潟の上は,すごい数の「ミナミコメツキガニ」で覆われていました。
彼らを観察していると,動きがとても緩慢です。カラスや他の動物にすぐ補食
されてしまいそうです。とても,環境に左右される弱い生物のように
私には見えました。
近づくと,ゆっくりとマイペースで逃げますが,しばらく追いかけると,
回転しながら器用に砂の中に隠れていきます。ところが,頭上に砂をかけない
ので,上から丸見えでこれで,とても隠れたとはいいがたい仕上げです。
ても,とっても愛嬌のあるかわいい生き物です。




時間をかけて彼らと時を共有すると自然に心が癒されていくのを感じます。
親しみもわいてきます。私たちの生態系の一員であることを深く自覚します。
私も福岡市で時間に追われた生活をしています。
みんな,それぞれが生きることに精一杯です。
でも,時には自ら海や山,干潟のフィールドへ足を運び,直接彼らと接して
みてほしいと思うのです。けっして本やテレビの映像からは理解できない
生命の息吹を感じると思います。
その心が「自然の保護」という考え方に通じていくのかもしれません。



それは,「自然保護」についてです。
「自然保護」だけでは抽象的すぎますね。
具体的には,沖縄本島の「辺野古」の米軍基地建設に伴う埋め立て,
ヤンバルの米軍ヘリパッド建設,本島各地域の干潟の埋め立てについてです。
これらの背景はとても複雑で,また政治的なことや,それぞれ各人の生活に
直接関わってくることがあると思います。
「賛成」と「反対」の対局的な問いに対する答えは自分の中で,まだ結論が
出ていません。
しかしながら,私は,海の生き物や干潟の生き物,昆虫や動物との関係に
まるで兄弟のような気持ちを感じるのです。このことだけは,どうしても
曲げることのできない本質です。
今回,掲載する写真は,昨年の11月に「辺野古」沖の海中と辺野古の干潟
で撮影したものです。当日は海上が悪天候で時化ていて約40分の素潜りしか
できませんでしたが,ウミヘビなどの生き物に出逢うことができました。
「辺野古」の海は豊かな海草がゆらめく美しい海です。
おそらくジュゴンも豊富な海草を目当てに生息しているのでしょうか。
この海を無くして,どうして私たちがほんとうの豊さを獲得できるのでしょうか。

最初の写真は沖のリーフ付近で撮影した海中の様子です。
手ぶれをしていますが,たくさんの魚が生息していることがわかると思います。
外洋の潮が常時流れているため,イノー(リーフの内側の浅い海のこと)の
中で見られる生き物とは多少種類が違うようです。
また,透明度はとても良い状態です。

次の写真は,ウミヘビです。彼らは,空気を吸うために時々海面に浮上します。
空気を補給すると再び海底に戻り蛇行しながら,岩などの下などの獲物を
もとめて移動していきます。
目の前を通過していくので,少し不気味ですが,何もしません。
おとなしい生き物です。
潮に流され続けた海上を離れ,潮の引いた干潟を歩いてみました。
干潟の上は,すごい数の「ミナミコメツキガニ」で覆われていました。
彼らを観察していると,動きがとても緩慢です。カラスや他の動物にすぐ補食
されてしまいそうです。とても,環境に左右される弱い生物のように
私には見えました。
近づくと,ゆっくりとマイペースで逃げますが,しばらく追いかけると,
回転しながら器用に砂の中に隠れていきます。ところが,頭上に砂をかけない
ので,上から丸見えでこれで,とても隠れたとはいいがたい仕上げです。
ても,とっても愛嬌のあるかわいい生き物です。
時間をかけて彼らと時を共有すると自然に心が癒されていくのを感じます。
親しみもわいてきます。私たちの生態系の一員であることを深く自覚します。
私も福岡市で時間に追われた生活をしています。
みんな,それぞれが生きることに精一杯です。
でも,時には自ら海や山,干潟のフィールドへ足を運び,直接彼らと接して
みてほしいと思うのです。けっして本やテレビの映像からは理解できない
生命の息吹を感じると思います。
その心が「自然の保護」という考え方に通じていくのかもしれません。



2008年02月03日
久高島③
前回の投稿からずいぶん空いてしまいました。
下痢嘔吐症と風邪をもらい,このごろやっと回復しました。笑。
再び元気になり気力も充実してきました。
さて,久高島は今回の旅では②までで終わりなのですが,しかしながら
肝心の北部がないというのも完結しがたいので,約2年前,最初に久高島を
訪れた時の写真から語ってみようと思います。
島の南側にある集落から島の中央を北へと続く未舗装の道を自転車で
走ります。両側はアダンなどの低い熱帯の木々が生い茂っています。

かなり走ったでしょうか,ようやく開けた砂場に出てきました。
ここが,豊漁祈願(ヒータチ)の行われる祭場の「カベール」です。




「カベール」とは,「神の原」の意。だそうです。
※文中の説明は,(比嘉康雄 ひが やすお著
「日本人の魂の原郷 沖縄久高島」・集英社新書)によります。
上記の書籍には,比嘉さんが撮影した,とても神々しいカベールでの
神事の写真が詳しい記述とともにのせてあります。一読の価値があると
思います。
この日,「カベール」は,とても北風が強く海は時化ていました。
波の間に見え隠れする真っ青な海の中は直視すると,吸い込まれそうでした。
しばらく,化石となった古代のサンゴの黒岩に腰掛け,海をながめていました。
そこは,時間が止まったような不思議な感覚の場所でした。
再びこの島に渡航するときは,どれぐらい心の充実を感じることが
できるでしょうか。
久高島に来たときに,自身の心がどれぐらい成長したか,おのずと審判されて
いるような気がするのです。答えは,まだまだだと語りかけてきます。
次の渡航の時,どのような審判がくだされるのでしょうか。
心がすこしでも豊かになれるように心がけたいものです。
いきたいものです。






下痢嘔吐症と風邪をもらい,このごろやっと回復しました。笑。
再び元気になり気力も充実してきました。
さて,久高島は今回の旅では②までで終わりなのですが,しかしながら
肝心の北部がないというのも完結しがたいので,約2年前,最初に久高島を
訪れた時の写真から語ってみようと思います。
島の南側にある集落から島の中央を北へと続く未舗装の道を自転車で
走ります。両側はアダンなどの低い熱帯の木々が生い茂っています。
かなり走ったでしょうか,ようやく開けた砂場に出てきました。
ここが,豊漁祈願(ヒータチ)の行われる祭場の「カベール」です。
「カベール」とは,「神の原」の意。だそうです。
※文中の説明は,(比嘉康雄 ひが やすお著
「日本人の魂の原郷 沖縄久高島」・集英社新書)によります。
上記の書籍には,比嘉さんが撮影した,とても神々しいカベールでの
神事の写真が詳しい記述とともにのせてあります。一読の価値があると
思います。
この日,「カベール」は,とても北風が強く海は時化ていました。
波の間に見え隠れする真っ青な海の中は直視すると,吸い込まれそうでした。
しばらく,化石となった古代のサンゴの黒岩に腰掛け,海をながめていました。
そこは,時間が止まったような不思議な感覚の場所でした。
再びこの島に渡航するときは,どれぐらい心の充実を感じることが
できるでしょうか。
久高島に来たときに,自身の心がどれぐらい成長したか,おのずと審判されて
いるような気がするのです。答えは,まだまだだと語りかけてきます。
次の渡航の時,どのような審判がくだされるのでしょうか。
心がすこしでも豊かになれるように心がけたいものです。
いきたいものです。
2008年01月19日
久高島②
久高島の続きのお話です。
集落の中をのんびりと歩いているとりっぱな石積みの塀に出逢いました。

出入り口の奥には,りっぱな「ヒンプン」があります。
戸井昌造著「沖縄絵本」の中に「ヒンプン」の説明がありますので
引用してみたいと思います。
「…ヒンプンという衝立てが,風よけと目かくしの役目を果たし,
昔は身分の高い人は右から,低い人は左からと出入りがきまっていた…。」
この石積みの塀と赤瓦の屋根とシーサー。とっても気に入ってしまい
何枚かの写真を撮りました。帰ってから写真の整理中に先ほど紹介した
「戸井昌造」の「沖縄絵本」の中の挿絵に同じ場所のスケッチを見つけ
ました。「沖縄絵本」はとても人間的で心優く力強い文章とスケッチで
綴られている本です。既に他界した戸井さんが同じ場所に足を止めたことに
感慨をおぼえました。
しばらく歩くと集落のはずれに来ました。
海へ行ってみることにしました。
北の方向へ土の道を歩きます。道の脇は畑です。農夫が手入れをしています。
挨拶をすると頭巾の下から日焼けした笑顔がこぼれます。


集落から僅かなところに海岸があるようです。
ちょうど海に至る小径の片隅にこの島の小学生たちが作ったのか
かわいらしい魚の標識がありました。
「ピザ浜」と書いてあります。さっそく浜に下りてみます。

浜は白いサンゴのかけらで出来ています。しばらく座ってぼんやりしてみます。
沖を船が通過していきます。寝そべって日射しを顔に浴びていると,どこからか
鳥のさえずりが聞こえます。そろりと頭を持ち上げ,視線を音の方向へ向けます。
渚に茶色の鳥が見えました。写真を1枚撮りましたが気配に気づかれて逃げて
しまいました。




海は太陽の光線をいっぱい浴びてきらきらと光っています。
もう少し北側に五穀の壺が流れ着いたとされる「いしき浜」があります。
そこまで行ってみることにしました。
更に土の道を北に向かって歩きます。土の道のなんと心地よいことか。
15分ほど歩いたでしょうか。やはり浜に至る小径の角に「いしき浜」と
書かれた魚の標識がありました。




真っ白いさらさらした砂です。この浜は「ニラーハナー」への拝所になっている
聖域です。心も清められる気がします。
岩に腰掛けて海をながめます。日射しが心地よく降りそそぎます。
しばらく「ニラーハナー」への思いをはせます。
いつまでもこうしていたいと思いました。
集落の中をのんびりと歩いているとりっぱな石積みの塀に出逢いました。

出入り口の奥には,りっぱな「ヒンプン」があります。
戸井昌造著「沖縄絵本」の中に「ヒンプン」の説明がありますので
引用してみたいと思います。
「…ヒンプンという衝立てが,風よけと目かくしの役目を果たし,
昔は身分の高い人は右から,低い人は左からと出入りがきまっていた…。」
この石積みの塀と赤瓦の屋根とシーサー。とっても気に入ってしまい
何枚かの写真を撮りました。帰ってから写真の整理中に先ほど紹介した
「戸井昌造」の「沖縄絵本」の中の挿絵に同じ場所のスケッチを見つけ
ました。「沖縄絵本」はとても人間的で心優く力強い文章とスケッチで
綴られている本です。既に他界した戸井さんが同じ場所に足を止めたことに
感慨をおぼえました。
しばらく歩くと集落のはずれに来ました。
海へ行ってみることにしました。
北の方向へ土の道を歩きます。道の脇は畑です。農夫が手入れをしています。
挨拶をすると頭巾の下から日焼けした笑顔がこぼれます。
集落から僅かなところに海岸があるようです。
ちょうど海に至る小径の片隅にこの島の小学生たちが作ったのか
かわいらしい魚の標識がありました。
「ピザ浜」と書いてあります。さっそく浜に下りてみます。
浜は白いサンゴのかけらで出来ています。しばらく座ってぼんやりしてみます。
沖を船が通過していきます。寝そべって日射しを顔に浴びていると,どこからか
鳥のさえずりが聞こえます。そろりと頭を持ち上げ,視線を音の方向へ向けます。
渚に茶色の鳥が見えました。写真を1枚撮りましたが気配に気づかれて逃げて
しまいました。


海は太陽の光線をいっぱい浴びてきらきらと光っています。
もう少し北側に五穀の壺が流れ着いたとされる「いしき浜」があります。
そこまで行ってみることにしました。
更に土の道を北に向かって歩きます。土の道のなんと心地よいことか。
15分ほど歩いたでしょうか。やはり浜に至る小径の角に「いしき浜」と
書かれた魚の標識がありました。


真っ白いさらさらした砂です。この浜は「ニラーハナー」への拝所になっている
聖域です。心も清められる気がします。
岩に腰掛けて海をながめます。日射しが心地よく降りそそぎます。
しばらく「ニラーハナー」への思いをはせます。
いつまでもこうしていたいと思いました。
2008年01月11日
久高島①
昨年12月初旬に久高島(くだかじま)を訪れました。
2度目の渡航となります。前回は海の美しさにひかれて訪ねたのですが,
今回は,書籍・比嘉康雄 著「日本人の魂の原郷沖縄久高島」を読んで
再び行ってみたくなったのです。
12月に観光でこの島を訪れる人はまばらです。渡船に乗るのは島の人たちばかりです。
観光シーズンではないせいか,どこか落ち着いた感じがします。
私は空いている前方の席に腰掛けました。
久高島の住人の皆さんは,後ろの席に乗っているようです。
その訳は船が港の外に出たときに分かりました。
船が波を越えるたびにドスンドスンと船首の船底が波にたたきつけられるからでした。
体に伝わる刺激を楽しみながら島に向かいます。
島の港は南側にあります。とても静かな港です。海はブルーに透けて見えます。
黒い隆起珊瑚の岩と緑の低木,それと青い海のコントラストが遙か昔の風情を心に刻み
ます。 港のスロープに現役のサバニが数隻置かれています。
船着き場から小高い丘を上がります。集落は大地の上にしっかり築かれています。
港のにぎわいを後に島民のみなさんと一緒に私も集落に向かいます。
今回は一番船で来ました。夕方の最終便まで島の中をゆっくり巡るつもりできたのです。
自分の心の柵を一つ残らずとっぱらい,バリアフリーの状態で島の自然を感じてみたい
そして,この島の魅力を写真でとらえてみたいと思いました。


集落の中は人もまばらです。ときどき猫さんに出逢います。三毛猫やとら猫,みんな警戒心が
なくとってものんびりとした性格のようです。




島内の撮影をするにあたり,まずこの島の記録写真をとり続けた比嘉康雄さんのことが知りた
くて集落の中心にあるお店のおばあさんに話を聴くことにしました。
おばあさんは,「撮影を始める前に近くの外間殿(ふかまでん)に行き仕事がうまくいくように
祈願をするのがいいでしょう。」とおっしゃるのでそうすることにしました。
外間殿は島の最高位の聖域です。祭事の中心的な場所のようです。
お店からそう遠くないところに外間殿はありました。

芝生の中に建物があります。私は芝生の縁に正座し,今日一日この島での撮影の許しと
幸運を祈りました。野鳥の声が静かな聖地に響きます。ぽかぽか陽気で眠たくなりそうです。


敷地内の木から,なにやら風に吹かれてぶら下がっているものがあります。
近くに行ってよく見ると,毛虫が何匹か糸にぶら下がっていました。

さっそく,写真に収めたくなり,風にゆらゆらと左右に揺れる毛虫を30分近くも追い
続けました。地面に這いつくばって撮影しましたが,なかなかピントがあってくれず苦労しま
した。もういいやと立ち上がるとめまいがしました。
次の被写体は……と,ぐるりと周囲を見渡すと住居の門前に魔よけのスイジ貝が置いてある
のに気が付きました。スイジ貝は「水」という漢字に似ているため,そういう名前がついている
ようです。沖縄では魔よけとして玄関先に吊したりしている住居をときどき目にします。
スイジ貝は竹筒の上に置いてありました。竹筒の先端には,水の入ったガラスコップが
入れてありその中には,なんとカエルがいました。

飼っているのか,好んで入っているのか,または,誤って落ち込んだのか……。
それにしても妙なカエルです。私に気が付いて水の中に沈んでしまいました。
これは,撮影せねばと思い,しばらく離れることにしました。
いっときして,そろ~っと近づきのぞき込んでみると,顔を出していました。
しめしめとシャッターを切りました。カエルの頭にタオルでも置いたら,「いい湯だな!」と
聞こえてきそうでした。



2度目の渡航となります。前回は海の美しさにひかれて訪ねたのですが,
今回は,書籍・比嘉康雄 著「日本人の魂の原郷沖縄久高島」を読んで
再び行ってみたくなったのです。
12月に観光でこの島を訪れる人はまばらです。渡船に乗るのは島の人たちばかりです。
観光シーズンではないせいか,どこか落ち着いた感じがします。
私は空いている前方の席に腰掛けました。
久高島の住人の皆さんは,後ろの席に乗っているようです。
その訳は船が港の外に出たときに分かりました。
船が波を越えるたびにドスンドスンと船首の船底が波にたたきつけられるからでした。
体に伝わる刺激を楽しみながら島に向かいます。
島の港は南側にあります。とても静かな港です。海はブルーに透けて見えます。
黒い隆起珊瑚の岩と緑の低木,それと青い海のコントラストが遙か昔の風情を心に刻み
ます。 港のスロープに現役のサバニが数隻置かれています。
船着き場から小高い丘を上がります。集落は大地の上にしっかり築かれています。
港のにぎわいを後に島民のみなさんと一緒に私も集落に向かいます。
今回は一番船で来ました。夕方の最終便まで島の中をゆっくり巡るつもりできたのです。
自分の心の柵を一つ残らずとっぱらい,バリアフリーの状態で島の自然を感じてみたい
そして,この島の魅力を写真でとらえてみたいと思いました。
集落の中は人もまばらです。ときどき猫さんに出逢います。三毛猫やとら猫,みんな警戒心が
なくとってものんびりとした性格のようです。
島内の撮影をするにあたり,まずこの島の記録写真をとり続けた比嘉康雄さんのことが知りた
くて集落の中心にあるお店のおばあさんに話を聴くことにしました。
おばあさんは,「撮影を始める前に近くの外間殿(ふかまでん)に行き仕事がうまくいくように
祈願をするのがいいでしょう。」とおっしゃるのでそうすることにしました。
外間殿は島の最高位の聖域です。祭事の中心的な場所のようです。
お店からそう遠くないところに外間殿はありました。
芝生の中に建物があります。私は芝生の縁に正座し,今日一日この島での撮影の許しと
幸運を祈りました。野鳥の声が静かな聖地に響きます。ぽかぽか陽気で眠たくなりそうです。

敷地内の木から,なにやら風に吹かれてぶら下がっているものがあります。
近くに行ってよく見ると,毛虫が何匹か糸にぶら下がっていました。

さっそく,写真に収めたくなり,風にゆらゆらと左右に揺れる毛虫を30分近くも追い
続けました。地面に這いつくばって撮影しましたが,なかなかピントがあってくれず苦労しま
した。もういいやと立ち上がるとめまいがしました。
次の被写体は……と,ぐるりと周囲を見渡すと住居の門前に魔よけのスイジ貝が置いてある
のに気が付きました。スイジ貝は「水」という漢字に似ているため,そういう名前がついている
ようです。沖縄では魔よけとして玄関先に吊したりしている住居をときどき目にします。
スイジ貝は竹筒の上に置いてありました。竹筒の先端には,水の入ったガラスコップが
入れてありその中には,なんとカエルがいました。
飼っているのか,好んで入っているのか,または,誤って落ち込んだのか……。
それにしても妙なカエルです。私に気が付いて水の中に沈んでしまいました。
これは,撮影せねばと思い,しばらく離れることにしました。
いっときして,そろ~っと近づきのぞき込んでみると,顔を出していました。
しめしめとシャッターを切りました。カエルの頭にタオルでも置いたら,「いい湯だな!」と
聞こえてきそうでした。




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